大判例

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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)3347号 判決

原告

株式会社小林製作所

右代表者代表取締役

小林義雄

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

今中利昭

吉村洋

井原紀昭

千田適

松本勉

田村博志

釜田佳孝

右輔佐人弁理士

小谷悦司

被告

大安金属株式会社

右代表者代表取締役

土川善司

被告

土川善司

右両名訴訟代理人弁護士

米原克彦

玉生靖人

本井文夫

右輔佐人弁理士

北村修

主文

原告の被告らに対する各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告会社は別紙(一)記載の扉保持装置を製作し、販売してはならない。

2  被告会社は前項の装置を廃棄せよ。

3  被告らは各自原告に対し九〇万円およびこれに対する昭和五八年五月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有する。

考案の名称 観音開き式扉における扉保持装置

出 願 日 昭和四九年一二月一二日

出願公告日 昭和五七年一〇月二二日

登 録 日 昭和五八年五月二六日

登録番号 第一四九〇四八九号

2  本件考案の実用新案登録出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲は別添実用新案公報(以下「本件公報」という。)の該当欄記載のとおりである。

3  本件考案の構成要件および作用効果

(一) 構成要件

(1) 観音開き式扉における扉保持装置であつて、

(2) 左右の扉に装着した係止片にそれぞれ対応する一対の係合片を、固定壁に装着した扉保持装置本体の左右両側に出没自在に保持せしめ、

(3) 該両係合片はそれぞれ、基部から外側方に向けて先窄まりの係合部を突出せしめ且つ基部の内側面が幅方向にわたつて円弧状の曲面をなす形状とし、

(4) この両係合片間にこれらと別体に形成した一対のスプリング受部材と該両スプリング受部材間に介在させたスプリングとを配設し、

(5) 上記スプリング受部材は、前後に扉保持装置本体の前後内側壁面と平行な摺接壁を有すると共に、内側面中央部にスプリング嵌合用凹部を有し、

(6) 上記両係合片の基部をそれぞれ各スプリング受部材に回動自在に当接させている。

(二) 本件実用新案は、右の要件からなる観音開き式扉における扉保持装置であることによつて、次のような作用効果を有する。

(1) 単一の保持機構によつて両扉を開閉自在に保持し、(A)両扉の閉鎖状態では装置本体に出没自在に保持された係合片がスプリングの押圧力で両扉に設けた係止片に弾性的に係合することにより、振動等によつて両扉が不測に開くことを防止し、(B)扉の開閉時には係合片が回動しながらスプリングの弾性に抗して本体内に没入し、左右いずれの扉も簡単に開閉し得る。

(2) 扉の開閉の際に、係合片が回動しながら没入しても、スプリング受部材の前後摺接壁72、82が装置本体の前後内壁面に規制されて大きく傾動することはなく、ほぼ直線的に内方へ押動すると共に、スプリングもほぼ直接的に圧縮変形されることとなり、前後に彎曲変形するおそれがなくなる。従つて、スプリングの曲げ変形に対する反力としての回動抵抗がなく、スプリングが曲がつて本体内壁につかえることもないので、扉を非常にスムースに開閉し得ると共に、長期の使用によつてもスプリングに曲がりぐせがつかず、また、スプリングの曲げ変形や本体内壁への衝当による傷みが防止され、装置の寿命を格段に増長することができる。

4  被告会社は昭和五七年ころから別紙(一)記載の扉保持装置(以下「イ号物件」という)を製作し、販売している。

5  イ号物件は次の構成および作用効果を有する。

(一) 構成

(1) 観音開き式扉における扉保持装置であつて、

(2) 左右の扉(4)、(5)に装着した係止片(41)、(51)にそれぞれ対応する一対の係合片(2)、(3)を、固定壁に装着した扉保持装置本体(1)の左右両側に出没自在に保持せしめ、

(3) 該両係合片(2)、(3)はそれぞれ、基部(22)、(32)から外側方に向けて先窄まりの係合部(21)、(31)を突出せしめ、かつ基部(22)、(32)の内側面(24)、(34)が幅方向にわたつて円弧状の曲面をなす形状とし、

(4) この両係合片(2)、(3)間にこれらと別体に形成した一対のスプリング受部材(7)、(8)と該両スプリング受部材(7)、(8)間に介在させたスプリング(6)とを配設し、

(5) 右のスプリング受部材(7)、(8)は、扉保持装置本体(1)の前後および上下内側壁面に摺接する直方体形状とすると共に、内側面中央部にスプリング嵌合用凹孔(73)、(83)を有し、

(6) 右の両係合片の基部(22)、(32)をそれぞれ各スプリング受部材に回動自在に当接させている。

(二) イ号物件は右(一)の構成を有することによつて前記3(二)と同様の作用効果を有する。

6  イ号物件は本件考案の技術的範囲に属する。

(一) 右5(一)の(1)ないし(6)はそれぞれ前記3(一)の(1)ないし(6)の要件を充足する。

なお被告らは、イ号物件のスプリング受部材が扉保持装置本体の前後および上下内側壁面に摺接する直方体形状である点と右スプリング受部材の内側面中央部にスプリング嵌合用凹孔を有する点で本件考案の構成要件(5)を充足しないと主張する。しかし、本件考案の技術的範囲は、本件明細書の実用新案登録請求の範囲の欄に記載のとおりであるから、イ号物件の構成(5)が本件考案の構成要件(5)を充足することは明らかである。

(二) 従つてその作用効果も同じである。

7  損害

(一) 被告会社は、昭和五七年一〇月二二日から五八年四月二二日までイ号物件を単価四〇円で七五万個製造し販売した。

(二) 右売上金額合計三〇〇〇万円に対する三パーセントの実施料相当額は九〇万円である。

(三) 右の製造および販売は、被告土川が被告会社の代表取締役としてその職務の執行にあたり故意または過失に基づいてなしたものである。

8  よつて原告は被告会社に対しイ号物件の製造販売の差止およびイ号物件の廃棄を求め、被告両名に対し損害金九〇万円およびこれに対する実用新案権侵害行為の後である昭和五八年五月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否および被告らの主張〈省略〉

三  抗弁

1  出願前公知

以下のとおり本件考案の実用新案登録出願前に、その構成要件のすべてを具備する扉保持装置が公知公用であつた。従つて本件考案の技術的範囲は実施例どおりのものに限定される。

(一) 公知技術(二)の出願および公開

(1) 被告土川は、昭和四六年一〇月二三日実用新案登録願第九八三一六号により「両開き扉の鎖錠装置」の考案(以下「公知技術(二)」という。)を実用新案登録出願した。右出願は昭和四八年七月九日実用新案法第一三条の二の規定に従つて出願公開された。その際公開実用新案公報により公開された実用新案登録請求の範囲の記載および図面は別紙(三)(公開実用新案公報。以下「公開公報」という。)の該当欄のとおりである。

(2) 公開公報の記載

イ 右公開公報により公開された図面は、キャッチ部材5(係合片)の基部内側が略彎曲な面に形成されることを示している。仮に右図面において係合片の基部内側の一部に平面状部分がみられるとしても全体形状としてみた場合は、基部内側が略彎曲な面であることが開示されている。

他方、本件考案における係合片は、「基部の内側面が幅方向にわたつて円弧状の曲面をなす形状」とされているが、その実施例に関する第2図にも示されているとおり、基部内側を極めてゆるやかな曲面状に形成するときは、直面状に形成したスプリング受部材の外面との間においてさえ略面接触しているものと理解される。しかも本件考案におけるスプリング受部材の外側面は直面状のものと限定されておらず、ゆるやかな曲面状のものも含む。さらにスプリング受部材の外側面を直面状に形成するとしても、この種の鎖錠装置の部材の材質、精度からして理想的な直面状に形成することは期待できない。従つて、本件考案における係合片の基部内側面とスプリング受部材の外側面の接触状態は、略面接触の接触状態のものをも包含する。

そうすると、キャッチ部材の後端面が平面からみて略彎曲な面に形成されることを示す図面の記載は、本件考案における「幅方向にわたつて円弧状の曲面をなす形状」と技術思想において異なるところはない。

従つて公開公報は、本件考案の構成要件(3)「該両係合片はそれぞれ、基部から外側方に向けて先窄まりの係合部を突出せしめ、且つ基部の内側面が幅方向にわたつて円弧状の曲面をなす形状とし、」と同じ技術を開示する。

ロ 公開公報により公開された実用新案登録請求の範囲の欄には「前記開口部から一部を露出させた状態で運動自在に前記枠体内に装着された一対のキャッチ部材」との記載がある。右「運動自在」の記載の意味内容は、両開き扉の鎖錠装置の専門技術に通じた当業者が、右公開公報の全記載に基づき、三角形状をしたキャッチ部材の露出部がこれに係合する係止片の離脱に際し枠体内にあつてどういう運動機能をもつものとして理解するのが合理的かという見地から把握されるものである。この見地において三角形状をしたキャッチ部材の露出部は、これに係合する係止片の離脱作用過程中、枠体内にあつて回動方向の力作用と摺動方向の力作用を受けるものであることは明白である。右公開公報中の記載は、このような力作用を受けるキャッチ部材について「運動自在」と表現したものである。従つて公開公報中の「運動自在」なる用語が「摺動回動自在」を意味するものであることは明らかである。

なお原告は、公開公報に掲載された図面によれば、係合片の両側および基部を平坦面に形成し、前者を枠の内側壁面に、後者をスプリング受部材の平坦面にそれぞれ適用させているので、係合片が回動することは不可能である旨主張する。しかし、公開公報第2図においてキャッチ部材5は、線の重なり部分に若干不鮮明なところがあるとしても、その図面が全く角のない面によつて囲まれていると明らかに判断されるものである。そして、図面は明細書の記載を理解するための補助資料であるところ、当該公開公報の実用新案登録請求の範囲の全記載および補助資料である第1図および第2図の記載により、専門技術に通じた当業者は、三角形状をしたキャッチ部材の露出部がこれに係合する係止片の離脱に際し枠体内にあつて「運動自在」すなわち「摺動回動自在」の機能をもつものであることを認識するものである。

ハ 以上の他の点に関しても、右公開公報の記載は、本件考案の構成をすべて開示している。

(3) 明細書全体の公知性

イ 実用新案登録出願について出願公開がなされれば、明細書の考案の詳細な説明の記載も、特許庁において公衆の縦覧に供される。ところで、実用新案法三条一項一号の公然知られた考案の意義について、公然知られうる状態のものも含むと考える立場がある。この立場によると、明細書の考案の詳細な説明が特許庁において公衆の縦覧に供された以上、現実に閲覧をした者がいなくても、考案の詳細な説明の欄に記載された考案も、同条項の公然知られた考案にあたる。

また、同条項の解釈について、「公然知られた」とは現実に知られたもののみをいうとする立場によるとしても、現実に明細書の閲覧された日を認定するについては、特許庁の包袋の在中文書の表示によるべきではない。右在中文書の表示は、拒絶理由通知を発送したことの記録がない等不正確だからである。

ロ マイクロフィルム

公知技術(二)の考案が前記(1)のとおり昭和四八年七月九日出願公開されると同時に、その全文明細書をマイクロフィルムに撮影したものが特許庁資料館のみならず、私的サービス機関である社団法人発明協会公報閲覧所、財団法人日本特許情報センター、社団法人発明協会大阪支部(大阪通商産業局特許室を介して全文明細書の複写サービスを営業受託)等において随時閲覧に供され、あるいは複写交付されている。

ところで、実用新案法三条一項三号にいう刊行物とは、公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書、図画その他これに類する情報伝達媒体をいい、頒布とは、上記のような情報伝達媒体が不特定多数の者の見得るような状態におかれることをいうと解される。そして、マイクロフィルムが不特定多数の公衆に対し頒布により公開することを目的として明細書原本を複製した文書、図画に類する情報伝達媒体であることは明らかである。また、右マイクロフィルムは前記のとおり各所において閲覧に供され、あるいは複写交付されているから、頒布されたものといえる。さらに前記のように全文明細書がマイクロフィルムに複写されたうえこれが一般の需要に応じて複写物を作成交付する業務を行う私的サービス機関にまで送付されている場合には、私的サービス機関に送付された全文明細書のマイクロフィルムは公開性、頒布性をいずれも明らかに具有する「頒布された刊行物」に該当する。

なお、仮に頒布というためには現実に閲覧されることを要するとの見解によつても、特段の反証のない限り、公知技術(二)の考案が公開された昭和四八年七月九日から一年五か月余も経過した本件考案の出願日である昭和四九年一二月一二日までの間に、何人かの者が前記マイクロフィルムを閲覧したこと、従つてこれが頒布されたことが推認される。

従つて、公知技術(二)の考案の実用新案登録出願の題書に添付した明細書の全文が、本件考案に対して、実用新案法三条一項三号の実用新案登録出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載されたものといえる。

(4) 考案の詳細な説明の記載

イ 公知技術(二)の明細書の考案の詳細な説明の欄には、実施例の構造について「キャッチ部材の後端面は平面からみて略彎曲な面に形成され」と記載されている。なお、前記のとおり図面において係合片の基部内側の一部に平面状部分がみられたり、明細書に係合片の基部内側がスプリング受部材にほとんど面接触している旨の記載があるとしても、全体形状としてみた場合は、係合片の基部内側が略彎曲な面であることが開示されている。

そうすると、前記(2)イと同様の理由により、右明細書の詳細な説明によつても本件考案の構成要件(3)「該両係合片はそれぞれ、基部から外側方に向けて先窄まりの係合部を突出せしめ且つ基部の内側面が幅方向にわたつて円弧状の曲面をなす形状とし」と同じ技術が開示されている。

ロ 公知技術(二)の明細書の考案の詳細な説明の欄には「キャッチ部材を押し込み乍ら且つ変位させ乍らスムースに押し込むことが出来」との記載がある。ところで、明細書添付図面の第2図によれば三角形状をしたキャッチ部材の露出部は、これに係合する係止片の離脱作用過程中、枠体内にあつて回動方向の力作用と摺動方向の力作用をうけるものであることが明白である。詳細な説明の記載は、このような力作用をうけるキャッチ部材について表現したものであるか、「押し込み乍ら」とはキャッチ部材のうける摺動方向の力作用に応じた摺動運動を指し、「変位させ乍ら」とはキャッチ部材のうける回動方向の力作用に応じた回動運動を指すものであることは、疑問の余地がない。

また同欄には「キャッチ部材の後端面は平面からみて略彎曲な面に形成されている」との記載、あるいは「此の時のキャッチ部材の変位はコの字状の受板9、10によつてスプリングに間接的に伝えられる為、此のスプリングに横方向の歪んだ負荷を与える事がなく従つてスプリングの損傷を防止できる」との記載がある。これらは、いずれも、キャッチ部材の摺動運動とは関係がなく、その回動運動に着眼した形状あるいは回動運動を前提とした作用効果の説明としてはじめて理解しうるものである。

なお原告は、変位とはキャッチ部材がガタツキにより位置を変えながら押し込まれることであると主張する。しかし、右主張は、前記明細書の「スムースに押し込むことが出来」との記載と明らかに矛盾する。

原告はまた、「変位させ乍らスムースに押し込む事が出来」と記載されていても、「変位」とは「位置を変ずる」ことであるから、単に位置を変じながら円滑に押し込まれるという意味が理解できるだけであるとも主張する。しかし当該明細書および図面の記載は、両開き扉の鎖錠装置に関する技術分野の専門知識に通じた当業者が、当該明細書および図面の全記載に照らし技術的にどう判断するかという見地において論ずべきものである。この見地を離れ、辞書を引用して用語のたんなる一般的抽象的概念のみを論ずることは、無意味である。

さらに原告は、公知技術(二)の考案とは全く別個の被告土川出願に係る考案の明細書の記載を引用したうえ、公知技術(二)の明細書において、単に「変位」とのみ記載し、あえて「回動」の語を全く記載していないことは、とりも直さずキャッチ部材が回動しないことを同人において認識し、それを明らかにしたものであると主張するが、この主張も誤つている。なぜならば、おおよそ考案について登録出願するにあたつては、各考案ごとに技術思想を明細書中に開示するのであつて、考案としての技術的思想は当該明細書について当業者の立場において理解把握せられるものだからである。

ハ 以上の他の点に関しても、公知技術(二)の考案の明細書全体の記載によつて、本件考案の構成はすべて開示されている。

(二) 公知技術(四)の公然実施

(1) 被告会社は、昭和四八年初ころ別紙(五)記載の構造を備えた扉保持装置(以下「公知技術(四)」という。)を製造販売するべく、株式会社中尾製作所との間に被告会社のためにのみその製造を請負わせる合意をした。この合意に従い、被告会社は、当該扉保持装置の具体的構造を指示したうえ、その製造に必要な金型の製作につき中尾製作所と具体的打合せをしてその専用金型を製作せしめた。中尾製作所は、この金型を用いて製造された部材および別紙(二)記載の扉保持装置(以下「公知技術(一)」という。)の金型と別紙(四)記載の扉保持装置(以下「公知技術(三)」という。)の金型(公知技術(一)の扉保持装置、公知技術(三)の扉保持装置とも、以前、公知技術(四)の扉保持装置と同様に被告会社が中尾製作所に下請させて製造販売したものである。)を用いて製造した部材を組合せて作成した試作品を被告会社に納入した。中尾製作所は、これについて被告会社の最終承認を得た後、他の取引関係者がしばしば出入りする工場において公知技術(四)の扉保持装置を公然と組立てて下請製造し、昭和四九年八月九日被告会社に納入した。

被告会社は、新製品の商品化前に、中尾製作所から試作納入された数十個の最終試作品を、直ちに取敢えず大阪市内の複数の被告会社販売代理店に対して、新商品の宣伝用として見本配布した。当時この商品は、競合商品の影響下にその需要も目立つたものがなかつたが、被告会社は、昭和五〇年四月一五日被告会社販売代理店の注文に応じて、先に中尾製作所から納品を受けた新商品の一部を、商品名ドリームキャッチシリーズの「プラスチックフリータイプ」または「PFタイプ」として販売納入した。

(2) 公知技術(四)の扉保持装置は、本件考案の構成要件をすべて具備している。

2  先使用権

(一) 被告会社は1(二)記載のとおり公知技術(四)の扉保持装置を独自に考案したうえ、本件考案の登録出願された時には現に日本国内において右装置の製造販売を行つていた。

(二) 公知技術(四)の扉保持装置の製造販売は、本件考案の実施である事業にあたるから、被告会社は、右製造販売の事業の範囲内において、本件実用新案権につき先使用による通常実施権を有する。

(三) イ号物件の製造販売は、右通常実施権の範囲に含まれる。

(1) 先使用権の範囲(実用新案法二六条で準用する特許法七九条の解釈)

特許法七九条の規定する「その実施をしている発明の範囲」とは、必ずしも現に実施している構造のものに限られるものではなく、現に実施してきた構造により客観的に表明されている発明(考案)の範囲にまで及ぶものと解すべきである(発明思想説)。「現に実施している構造のものより客観的に表明される発明(考案)」とは、先使用による通常実施権の成否が問題となる係争の特許発明(登録実用新案)の構成要件と対応する構造につき、当時の技術水準に照らし当該構造により技術思想として客観的に表明されている発明(考案)をいうものであつて、係争の特許発明(登録実用新案)の構成要件との対応を離れて細部些末の構造までをも問題とするものではない。先使用発明(考案)に係る製品中特許発明(登録実用新案)の技術的範囲外の構造部分については、特許発明(登録実用新案)の効力が及ばないのであるから、先使用による通常実施権の対象ではなく、もともと先使用者が自由任意にその構造を定めうるものである。また、先使用者が実施してきた構造を変更した場合、形式の変更が当時の技術水準を勘案して均等の範囲に属する場合は、先使用権の範囲内であると解すべきである。

なお原告は、発明思想説によつた場合でも、実施態様の変更があつた場合に先使用権が認められるためには、①発明(考案)の同一性をそこなわないこと、②些細な変更の程度であること、③具体的に実施された構造を中心として当時の技術水準を参酌すること、④変更が作用効果を同じくしかつ置換可能であること、⑤変更態様を先使用権発生当時に先使用者が既に認識していたことがその占有状態から認められること、⑥変更態様が特許発明(登録実用新案)の実施例とは異なる構造から該実施例と同一の構造に移行しないこと等の要件を総合的に判断する必要があると主張する。しかし右①ないし⑥の事項が、先使用権成立のための一般的要件として要求されるものではない。仮に右⑥が先使用権の認められるための要件であるとしても、⑥の要件にいう「実施例」とは、特許発明(登録実用新案)の構成中その作用効果に直接関係する新規部分を含む実施例構造の全体を指すものである。すなわち、先使用者が実施例の全体構造そつくりのものに移行する場合に先使用権が否定されるに過ぎない。原告主張の説によつても、製品全体の設計上適宜取捨選択する細部些末の一部構造のみを取りあげて先使用権を否定することはできない。

さらに、先使用権の範囲は、現に実施していた実施形式のみに限定されるとの見解(実施形式限定説)によつても、出願の際現に実施していた形式ないし態様の範囲内における細部些末構造部分の変更、あるいは特許発明(登録実用新案)の構成自体による作用効果に直接関係しない構造部分の変更をも否定するものではない。このことは、特許法七九条の文理解釈からも当然である。

(2) 公知技術(四)の考案は、本件考案およびイ号物件の考案のそれぞれと、構成および作用効果のすべてを同じくしており、三者は同一考案である。右三者は、考案の範囲において上下の関係(考案同志として一方が他方を包含する関係)にもない。

(3) 原告は、公知技術(四)の考案とイ号物件を比較して、①スプリング受部材の嵌合用凹部内の突部の有無、②係合片の鍔が両側にあるか一方のみか、③係合片の段部側の凹部の有無、④係止片のローラーの有無、⑤天井板の有無において異なり、イ号物件は、具体的に実施された公知技術(四)の考案の同一性の範囲を逸脱していると主張する。

しかし原告の主張する相違点は、いずれも観音開式扉における扉保持装置に関する考案を実施するにあたつて、必要に応じて適宜取捨選択すべき設計事項の違いであつて、公知技術(四)とイ号物件の考案としての同一性あるいは考案の範囲における上下の関係の判断に全く影響しない。詳細は、以下のとおりである。

イ 公知技術(四)においても、スプリング受部材の内側面中央部にスプリング嵌合用凹孔があり、この構造によつてスプリングの端部が嵌合支持される。公知技術(四)では、これに加え、原告指摘の突部Aを附加することによつて、スプリングの端面の嵌合用凹孔内における移動の可能性をなくしているだけである。なお仮に、門形をしたスプリング受部材のスプリング嵌合用凹部と、直方体をしたスプリング受部材のスプリング嵌合用凹孔の形状の相違があるにもかかわらず、本件考案とイ号物件とが構成および作用効果のすべてを同じくする同一考案である(請求原因6)とするならば、同様に公知技術(四)のスプリング受部材のスプリング嵌合用凹部とイ号物件のスプリング受部材のスプリング嵌合用凹部の構造の違いも、当時の技術水準に照らし、設計事項の相違に属するものであつて、公知技術(四)の考案とイ号物件の考案とは、構成および作用効果のすべてを同じくする同一考案であることになる。

ロ 前記公開公報には、当該考案の係合片における鍔の位置に関し「此のキャッチ部材は適当な厚みを有する平面略三角形状の露出部と、此の三角状露出部の後端部から一体的に延出された垂直な延出部とから成」る旨記載されている。この記載によると、係合片における鍔の位置(垂直な延出部の延出の上下方向)は、必要に応じて選択すべき幅があることが文言自体からも明白である。そして、公知技術(四)の鍔の位置も、公知技術(一)の係合片をそのまま用いたことによる便宜的設計事項である。

ハ 合成樹脂製品は、一般に肉厚に応じて歪みを生じやすいため、重要部分については肉薄にすることが望ましいものとされているとともに、単価の安い量産の合成樹脂製品については、製品コストを下げるために合成樹脂料をできるだけ節約することが望ましい。公知技術(四)における原告指摘の「凹部C」、あるいはイ号物件における原告指摘「溝25、35」(三角形状をした深い中空孔であつて、溝ではない。)は、いずれもこの見地によるものである。このことは、当業者が一般常識として熟知することであり、公知技術(四)の考案とイ号物件の考案の異同を論ずるについて無関係な事項である。

また、原告が本件考案の溝25・35の作用効果として主張する点に関する明細書の記載は、本件考案の構成要件とは無関係の余事記載であつて、本件考案の構成要件に関する実施態様についての記載ではない。

ニ 扉保持装置の係合片と係止片のかみ合わせをスムースに行わしめるため係止片の先端部にローラを取りつけることは、被告土川の昭和四二年九月一七日出願の別考案の実用新案公報(四六年三月二五日公告)にも記載されており、本件考案出願当時公知技術であつた。そして係止片にローラを取りつけるかどうかは、扉保持装置が使用される家具類の大きさ、品質や製品コスト等の諸条件を考慮して、製品設計上適宜任意に取捨選択すべき事項である。

ホ 公知技術(四)における天井板は、扉保持装置本体を成型する金型として公知技術(一)の金型をそのまま用いたことに伴つて生じる構造上の空白部分をたんに充填するためだけのものであり、天井板の有無は、便宜的設計事項に過ぎない。

(4) 公知技術(四)からイ号物件への構造の変更は、前記(3)のイないしホに記載のとおり、製品全体の設計上適宜取捨選択する細部些末の一部構造のみの変更である。従つて、この変更は、本件考案の実施例と異なる構造から該実施例態様と同一の構造に移行したことにはあてはまらない。

四  抗弁に対する認否〈省略〉

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1および2の事実は当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、本件考案の構成要件は、請求原因3(一)において原告の主張するとおりと認められる。

二被告土川本人尋問の結果によると、被告会社が遅くとも昭和五七年ころからイ号物件を製造、販売していたことが認められる。

〈証拠〉によると、イ号物件の構成が別紙(一)(但し、イ号図面説明書の末尾の「なお72、82は扉保持装置本体1の前後内側壁面と平行な摺接壁である。」との説明を除く。以下「イ号物件」という時は、この認定による。)記載のとおりであることが認められる。

三本件考案の技術的範囲

1  公知技術(二)による出願前公知

(一)  明細書および図面の公知性

(1) 抗弁1(一)(1)の事実(公知技術(二)の考案の出願、出願公開、公開公報の記載)は当事者間に争いがない。

(2)  〈証拠〉によると、特許庁資料館、財団法人日本特許情報センターおよび大阪通商産業局特許室においては昭和四六年から、社団法人発明協会公報閲覧所においては昭和四八年一月から、出願公開された実用新案登録出願のすべてについて、その全文明細書の撮影されたマイクロフィルムが公衆の閲覧に供され、右のうち社団法人発明協会公報閲覧所および大阪通商産業局特許室においては、マイクロフィルム化された全文明細書が有料で公衆に複写交付されていることが認められる。

右事実によると、公知技術(二)の考案は、前記争いのない事実のとおり昭和四八年七月九日出願公開されているから、出願公開と同時に前記各所において、マイクロフィルム化されたその全文明細書が公衆の閲覧に供されあるいは複写交付される状態になつたことが推認される。

ところで、実用新案法三条一項三号にいう刊行物とは、公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書、図画その他これに類する情報伝達媒体をいい、頒布とは、右のような情報伝達媒体が不特定多数の見得るような状態におかれることをいうと解するのが相当である。

本件において、公知技術(二)の考案の明細書を撮影したマイクロフィルムは、前記各所において公衆の閲覧に供されあるいは複写交付され得るものであるから、右マイクロフィルムが不特定多数の公衆に対し頒布により公開することを目的として明細書原本を複製した文書、図画に類する情報伝達媒体であることは明らかである。

また右マイクロフィルムは、出願公開の日である昭和四八年七月九日から特許庁資料館、財団法人日本特許情報センター、大阪通商産業局特許室および社団法人発明協会公報閲覧所に備えつけられて、その後は、公衆が閲覧し、あるいは複写してその内容を見ることができる状態におかれているのであるから、昭和四八年七月九日の時点で頒布されたものとなつたと認めるのが相当である。

原告は、実用新案法三条一項三号の「頒布された刊行物」というためには、現実にその刊行物が発行者以外の者に配付されることを要すると主張する。しかし前記のとおり頒布というためには、一定の情報伝達媒体が不特定多数の者の見得るような状態におかれることをもつて足り、必ずしも発行者以外の者に配付されることを要するものではないと解される。しかも本件においては、前記マイクロフィルムは、発行者以外の財団法人日本特許情報センターおよび社団法人発明協会にも交付されているのであるから、右マイクロフィルムが頒布されたことは明らかである。

(3)  以上によると、公知技術(二)の考案の全文明細書および図面の記載内容は、本件考案の実用新案登録出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載されたもの(実用新案法三条一項三号)と認められる。

(二)  明細書および図面の記載内容(以下の説示で引用する明細書および図面の記載は、〈証拠〉により認められる。また本項で単に「明細書」、「図面」、「実用新案登録請求の範囲」または「考案の詳細な説明」といえば、いずれも公知技術(二)の考案の出願にかかるものを指す。)

(1) 実用新案登録請求の範囲の欄には「両開き扉の鎖錠装置」(明細書一頁一八行目)との記載がある。右文言は、実用新案登録請求の範囲全体および図面の記載(別紙(三)の該当各欄のとおり)を考慮すると、本件考案の構成要件(1)の「観音開き式扉における扉保持装置」と同義であると認められる。

(2) 実用新案登録請求の範囲には「相対する両端面の一部に開口部を有する枠体と、前記開口部から一部を露出させた状態で運動自在に前記枠体内に装着された一対のキャッチ部材とから成り」(同一頁三行日から六行目まで)「更に扉側に取付けられて前記キャッチ部材に係合する一対の係止片を備えている」(同一頁一六行目から一七行目まで)との記載がある。また図面においてキャッチ部材5は、装置の長手方向の両側に位置する平面略三角形状のものとして示され、枠体1は、キャッチ部材、受板、スプリングを囲むものとして示されている。右図面によると、「キャッチ部材」とは本件考案の係合片と同義であり、「枠体」とは本件考案の扉保持装置本体と同義であることが明らかである。また右係止片が扉側に取付けられている旨の記載およびこの装置が両開き扉の鎖錠装置であることから、「枠体」が固定壁に装着されることが明らかである。更に考案の詳細な説明の欄には、「キャッチ部材5、5は……(中略)……変位並びに摺動運動ががたつきのない状態で無理なくスムースに行う事が出来」(同四頁一〇行目から一五行目まで)との記載がある。右記載ならびに前記のとおり図面に示されたキャッチ部材5の形状および枠体1との位置関係によると、キャッチ部材が枠体から出没自在であることが認められる。

以上を総合すると、明細書に記載された鎖錠装置は、本件考案の構成要件(2)「左右の扉に装置した係止片にそれぞれ対応する一対の係合片を、固定壁に装着した扉保持装置本体の左右両側に出没自在に保持せしめ」ることと同じ構成を有することが認められる。

(3) キャッチ部材の形状

イ 実用新案登録請求の範囲の欄には「此のキャッチ部材は適当な厚みを有する平面略三角状の露出部と、此の三角状露出部の後端部から一体的に延出された垂直な延出部とから成り」(明細書一頁六行目から九行目まで)との記載がある。図面第2図には、キャッチ部材は、枠体から露出した部分が平面からみて、枠体から最も離れたところに丸みを帯びた頂点状部分があり、これに両側の枠体の内側壁面の端部付近から結ばれる両斜辺とからなる略二等辺三角形状のものとして示されている。以上によると、キャッチ部材は、「基部から外側方に向けて先窄まりの係合部を突出せしめ」(構成要件(3)の前半部分)られているものであると認められる。

ロ 考案の詳細な説明の欄には、「更にキャッチ部材の後端面は平面からみて略彎曲な面に形成されている」(明細書二頁末行から三頁一行目まで)との記載がある。この「略彎曲な面」との記載が、円弧状の曲面を含む趣旨であると解することは一応可能である。

他方、考案の詳細な説明の欄には「即ちキャッチ部材5、5はその上下面及び前後面で殆んど面接触によつて前述した各部材によりはさまれて保持されてる(「い」の誤記と解される)る為、係止片11との係合並びに離反時における変位並びに摺動運動ががたつきのない状態で無理なくスムースに行う事が出来、」(同四頁一〇行目から一五行目まで)との記載がある。また図面の第2図では、キャッチ部材の後端面は、全体的にみると彎曲に近いが、受板9または10と接する部分に平面からみて直線状の部分があるように示されている。

しかし、キャッチ部材がケース壁面6、受板9または10に接する部分に関する実用新案登録請求の範囲の記載は、「此の延出部の少くとも開口部に面する一面は平らな面に形成されていて此の一面が前記枠体の開口部を有する壁面に当接してキャッチ部材の離反が阻止されており、」(同一頁一〇行目から一三行目まで)となつている。この記載によれば、キャッチ部材がケース壁面6と接する部分については、「平らな面」を有する旨特定されているが、受板9または10と接する部分については、特に「平らな面」を有する旨特定していない。また前記キャッチ部材が面接触により保持されている旨の記載は、一実施例に関する記載である。効果に関しても、キャッチ部材がケース壁面6と受板9、10との間にはさまれてがたつきがないとの効果(同三頁一四行目から一八行目まで)は、キャッチ部材の後端部と受板9、10との接触が面接触でも線接触でも変りがない。さらに後記(6)のとおり、キャッチ部材は回動すると認められるところ、回動の容易性を考慮すると、キャッチ部材の後端部に「平らな面」(平面からみて直線状の部分)のない方が合目的的であると考えられる。

以上を総合すると、公知技術(二)の鎖錠装置のキャッチ部材の後端面の形状には、平面からみて円弧状のものも含まれていることが明細書の記載から理解されるものと認められる。

ハ 前記イ、ロを総合すると、明細書の記載によつて、本件考案の構成要件(3)「該両係合片はそれぞれ、基部から外側方に向けて先窄まりの係合部を突出せしめ且つ基部の内側面が幅方向にわたつて円弧状の曲面をなす形状と」することが開示されているものと認められる。

ニ なお原告は、公知技術(二)の考案の出願において、手続補正書により補正された実用新案登録請求の範囲には「受座に接するキャッチ部材の後端面の一部は平らな面に形成されており」との記載がある旨、また被告土川の提出した意見書には、キャッチ部材の後面の一部が平らな面に形成されており、キャッチ部材は、その上下面および前後面で殆んど面接触していることが記載されている旨主張する。

しかし、公知技術(二)の明細書の記載によつて本件考案が実用新案法三条一項三号の「実用新案登録出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された考案」になるか否かを論ずる場においては、本件考案の実用新案登録出願前の時点において、公知技術(二)の明細書がそれ自体によつて、客観的にどのように理解されるかという点から明細書の記載を検討すべきである。公知技術(二)の明細書の記載内容を検討するに際し、考案者または出願人である被告土川の認識は問題とすべきでなく、本件考案の出願後に提出された手続補正書や意見書(〈証拠〉によると、昭和五一年五月一三日に手続補正書および意見書が特許庁に提出されたことが認められる。)の記載を考慮すべきではない。

(4) 実用新案登録請求の範囲の欄には、「更に前記両キャッチ部材は此れ等の間に介在されたスプリングにより受座を介して相反する方向に常時力を受けており、」(明細書一頁一三行目から一五行目まで)との記載がある。図面においても、両側のキャッチ部材間に、一対の受板9、10および右受板間にスプリングが配置されることが示されている。右受板に関し、考案の詳細な説明の欄には、「又此の時のキャッチ部材の変位はコの字状の受板、9、10によつてスプリングに間接的に伝えられる為、」(同四頁末行から五頁二行目まで)との記載がある。これによると、右「受座」ないし「受板」は、本件考案のスプリング受部材と同義であり、キャッチ部材と別体に形成されていることが認められる。

以上によると、明細書に記載された鎖錠装置は、本件考案の構成要件(4)「この両係合片間にこれらと別体に形成した一対のスプリング受部材と該両スプリング受部材間に介在させたスプリングとを配設」することと同じ構成を有することが認められる。

(5) 図面の第2図は、受板はコの字型の形状をしたものであり、コの字の上の線および下の線にあたる両縁部の外側が、枠体の内側壁面と平行にこれと接し、右コの字形の凹部にスプリングが嵌合した状態を示している。考案の詳細な説明の欄にも「平面コの字状の受板9」(同三頁七行目から八行目まで)との記載がある。

以上によると、明細書に記載された鎖錠装置は、本件考案の構成要件(5)「上記スプリング受部材は、前後に扉保持装置本体の前後内側壁面と平行な摺接壁を有すると共に、内側面中央部にスプリング嵌合用凹部を有」することと同じ構成を有することが認められる。

(6) 図面の第2図によると、キャッチ部材5、5は、その後端面で受板9、10と接するものとして示されている。

キャッチ部材の動きについて実用新案登録請求の範囲の欄には「運動自在」(同一頁五行目)との記載がある。考案の詳細な説明の欄には、「即ちキャッチ部材5、5はその上下面及び前後面で殆んど面接触によつて前述した各部材によりはさまれて保持されてるる為、係止片11との係合並びに離反時における変位並びに摺動運動ががたつきのない状態で無理なくスムースに行う事が出来、又キャッチ部材の露出部を略三角状としてある為に係止部材の折曲した先端部がキャッチ部材の斜面に沿つてキャッチ部材を押し込み乍ら且つ変位させ乍らスムースに押し込む事が出来、」(同四頁一〇行目から一九行目まで)との記載がある。そうするとキャッチ部材は「運動自在」であり、その「運動」とは「変位並びに摺動運動」または「押し込み乍ら且つ変位させ乍らスムースに押し込む」ときの状態を意味するものであることが認められる。そこで右「変位」の意味を検討するに、考案の詳細な説明の欄には「又此の時のキャッチ部材の変位はコの字状の受板、9、10によつてスプリングに関(「間」の誤記と解される)接的に伝えられる為、此のスプリングに横方向の歪んだ負荷を与える事がなく従つてスプリングの損傷を防止出来ると共にキャッチ部材の復帰作用は確実に行い得る等種々の作用効果を有するものである。」(同四頁末行から五頁六行目まで)との記載がある。右記載によると「変位」がスプリングに「横方向の歪んだ負荷を与える」ものであること、すなわちスプリングを長さ方向に圧縮するような力(長さ方向の動き)とは別にスプリングに横方向の力を作用させるものであることが認められる。このことは、キャッチ部材に回転力が働いており、キャッチ部材が回動しうるものであることを示すものである。以上によると、公知技術(二)の鎖錠装置のキャッチ部材は回動自在であると認められる。

よつて、明細書に記載された鎖錠装置は、本件考案の構成要件(6)「上記両係合片の基部をそれぞれ各スプリング受部材に回動自在に当接させている」ことと同じ構成を有することが認められる。

なお原告は、公知技術(二)の鎖錠装置の係合片は、その両側が平坦面(別紙(六)参考図①―(1)、①―(2)において×で示される)に形成されているので回動しないと主張する。しかし被告土川が公知技術(二)の考案の実用新案登録出願の願書に添付した図面(乙第四号証の三)の第2図によると、キャッチ部材(係合片)の両側は、平面からみて略彎曲な形状として示され、平坦な面はみられない。

また原告は、被告土川が公知技術(二)とは別の観音開き式扉の扉保持装置に関する実用新案登録出願において、キャッチ部材が回動する場合は明細書中に「回動自在」であることを明記している旨主張する。しかし前記(3)ニのとおり、公知技術(二)の明細書がそれ自体として容観的にどのように理解されるかを問題とすべきであり、被告土川の別出願の明細書の記載を考慮すべきではない。

(7)  以上(1)ないし(6)によると、公知技術(二)の考案の明細書および図面は、本件考案の構成要件をすべて具備する観音開き式扉における扉保持装置を開示していたものと認められる。

(三) よつて、本件考案は、公知技術(二)の明細書全文および図面により、実用新案法三条一項三号に規定する「実用新案登録出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された考案」に該当するものと認められる。

2  公知技術(四)による出願前公知

(一)  公知技術(四)の扉保持装置の製造販売

(1) 昭和四八年ころまでの被告会社における扉保持装置の製造、販売の経緯

〈証拠〉を総合すると次の各事実が認められる。

イ 被告土川は、昭和三〇年ころから父の後を継いで、家具金物、建築金物の製造販売業を営んでいた。被告会社は四六年九月四日設立され、右土川の営業を引き継いだ。

ロ 被告土川ないし被告会社は、昭和四六年初ころ公知技術(一)の製品の製造販売を計画し、これを株式会社中尾製作所に下請製造させて、同年一二月一一日完成品の納入を受けた。被告会社は、遅くとも四七年七月一一日までに公知技術(一)の製品を被告会社販売代理店(ホリエ金物)に売り渡した。

ハ 被告土川ないし被告会社は、昭和四六年中に公知技術(一)に続いて公知技術(三)の製品の製造販売を計画し、これも株式会社中尾製作所に下請製造させ、四八年一月二九日完成品の納入を受けた。被告会社は、同年五月二一日公知技術(三)の製品を被告会社販売代理店(川喜金物)に売り渡した。

(2) 公知技術(四)の扉保持装置の天井板の金型の作成

イ 〈証拠〉によると、①公知技術(一)、(三)、(四)の製品はいずれもプラスチック製であり、それぞれ別紙(二)、(四)、(五)に表示する構造を備えていること、②公知技術(四)の製品は、扉保持装置本件(1)、係合片(2)、(3)、スプリング受部材(7)、(8)が、それぞれこれらに対応する公知技術(一)の製品の各部材(但し、スプリング受部材はスプリング嵌合用凹部のある7の方)と同一であり、係止片(41)、(51)が公知技術(三)の製品の係止片と同一であること、③公知技術(四)の製品は、公知技術(一)の製品と公知技術(三)の製品の右各部材を利用して組み立てることが可能であるが、この場合、扉保持装置本体内に生ずるすき間を充填するために天井板を必要とすることが認められる。

ロ 〈証拠〉によると、昭和四八年五月ころ伊勢金型製作所こと中川克己が代金二五万円で「ドリームキャッチ」用金型を製作して株式会社中尾製作所に納入したことが認められる。

ハ 〈証拠〉によると、公知技術(一)の製品の各部材の金型(いずれも一面)の代金は、本体が四四万円、三角(係合片)が三五万円、バネ受(大)が三〇万円、バネ受(小)が一五万円、キャッチ(係止片)が二三万円、裏板が八万円で合計一五五万円であることが認められる。この事実に照らすと右ロ記載の金型は、扉保持装置の各部材のうちの本体以外のある一個の部材の金型であると考えることができる。

ニ 右イ、ロ、ハの各事実に、〈証拠〉を総合すると、株式会社中尾製作所は、昭和四八年五月ころ伊勢金型製作所こと中川克己に公知技術(四)の製品の天井板用金型を作成させて納入を受けたことが認められる。

(3) PFタイプの製品の製造販売

イ 〈証拠〉によると、昭和四九年八月九日「ドリームキャッチPFタイプ」の白色、茶色それぞれ一二〇個合計二四〇個が株式会社中尾製作所から被告会社へ納品されたことが認められる。

ロ 〈証拠〉によると、被告会社は、「ドリームキャッチPFタイプ」を、昭和五〇年四月一五日ころ株式会社田口製作所に対し、同月二二日ころ川喜金物株式会社に対し、それぞれ六〇個づつ合計一二〇個を売り渡したことが認められる。

ハ 〈証拠〉によると、被告会社においては、通常新製品を売り出す場合、見本数十個の納入を受けた後約一か月以内に、大阪市内に所在する複数の被告会社の販売代理店に見本として配付する扱いであることが認められる。

ニ 右イ、ロ、ハの各事実を総合すると、被告会社は、昭和四九年八月九日株式会社中尾製作所から「ドリームキャッチPFタイプ」二四〇個の納入を受けた後、その一部を約一か月以内に大阪市内に所在する被告会社販売代理店に対し需要者に公開されることを予定して見本として配付したものと推認される。

(4) 〈証拠〉によると、被告会社や株式会社中尾製作所において、公知技術(四)の扉保持装置のことを「ドリームキャッチPFタイプ」と呼称していたことが認められる。

(5) 以上(1)ないし(4)の各事実を総合すると、被告会社は、昭和四八年ころ公知技術(四)の製品の製造販売を計画し、これを株式会社中尾製作所に下請製造させ、昭和四九年八月九日製品二四〇個の納入を受けた後その一部を、同月ころ(遅くとも本件考案の出願日である同年一二月一二日より前の日までに)需要者に公開されることを予定して大阪市内に所在する被告会社販売代理店に対し、見本として配付したことが認められる。

(二)  公知技術(四)の構成と本件考案の対比

(1) 〈証拠〉によると、公知技術(四)の扉保持装置は、次の構成を具備していることが認められる。

イ 観音開き式扉における扉保持装置である。

ロ 左右の扉(4)、(5)に装着した係止片(41)、(51)にそれぞれ対応する一対の係合片(2)、(3)を、固定壁に装着した扉保持装置本体(1)の左右両側に出没自在に保持せしめている。

ハ 該両係合片(2)、(3)はそれぞれ、基部(22)、(32)から外側方に向けて先窄まりの係合部(21)、(31)を突出せしめ、かつ基部(22)、(32)の内側面(24)、(34)が幅方向にわたつて円弧状の曲面をなす形状となつている。

ニ この両係合片(2)、(3)間にこれらと別体に形成した一対のスプリング受部材(7)、(8)と該両スプリング受部材間に介在させたスプリング(6)とを配設している。

ホ 右スプリング受部材(7)、(8)は、扉保持装置本体(1)の前後および上下内側壁面に摺接する直方体形状とすると共に、内側面中央部にスプリング嵌合用凹孔(73)、(83)を有している。

ヘ 右両係合片の基部(22)、(32)をそれぞれ各スプリング受部材に回動自在に当接させている。

(2) 右(1)のイ、ロ、ハ、ニ、ヘの構成は、本件考案の構成要件(1)、(2)、(3)、(4)、(6)と同じである。

公知技術(四)の扉保持装置のスプリング受部材は、扉保持装置本体の前後および上下内側壁面と摺接する直方体形状をしているが、別紙(5)の第3図の(72)、(82)は扉保持装置本体(1)の前後内側壁面と平行な摺接壁であるといえる。また、スプリング嵌合用凹孔は、スプリング嵌合用凹部の一種であることが明らかである。従つて、公知技術(四)の扉保持装置の構成ホは、本件考案の構成要件(5)にあてはまる。

よつて、公知技術(四)の扉保持装置は、本件考案の構成要件をすべて具備している。

(三) よつて、本件考案は、公知技術(四)の扉保持装置が昭和四九年一二月一二日より前に製造、販売されていたために、実用新案法三条一項二号に規定する「実用新案登録出願前に日本国内において公然実施された考案」に該当するものと認められる。

3  技術的範囲の限定解釈

(一) 以上のとおり、本件考案は、実用新案登録出願当時既に公知公用であつたから、本来実用新案登録を受けることができないものであり、誤つて実用新案登録されたとしても、無効審判の請求によりその実用新案の登録は無効とされうる(実用新案法三七条一項一号)ものである。しかし、無効原因が明白であつても、係争の実用新案登録を無効とする審決がなされ、しかもその審決が確定しない限り、裁判所は実用新案登録を有効として取扱わなければならない。

本件においては、本件実用新案登録を無効とする審決がなされそれが確定したことの主張、立証がない。従つて、当裁判所としても、本件実用新案登録を有効として取扱わなければならない。

しかし、元来万人が自由に使用しうべき考案につき、無効審決の確定がないことの故を以つて実用新案権者に実施権能を独占せしめることは、公衆の利益・産業の発展に反する。そこで、無効審決の確定がない限り裁判所としては実用新案を有効として取扱わなければならないという原則、すなわち登録実用新案権の保護と産業の発展との調和(実用新案法第一条参照)を図るためには、技術的範囲を実用新案公報に記載されている字義どおりの内容をもつものとして最も狭く限定して解釈するのが相当である。すなわち、登録実用新案の技術的範囲は、厳格に記載された実施例と一致する対象に限られるものとして、最も狭く限定すべきである。

(二)  〈証拠〉によれば、本件考案の実施例は、構成要件(1)ないし(6)のほか、次の特徴を有するものと認められる。

(1) スプリング受部材は、前後に脚部を有し、全体がコの字形の形状である。

(2) スプリング受部材と接する係合片基部に幅方向にわたる溝を設けるとともに、係合片と接するスプリング受部材の外側面に右係合片基部の溝に嵌合するように幅方向にわたつて突起を設けている。

(3) 左右の扉に装着する係止片にローラがついていない。

(三)  従つて、本件考案の技術的範囲は、前記構成要件(1)ないし(6)を充足し、かつ右(二)の(1)ないし(3)の特徴を具備するものに限定すべきである。

四イ号物件と本件考案の技術的範囲との対比

イ号図面

1  〈証拠〉によると、イ号物件は、次の特徴を有するものと認められる。

(一)  スプリング受部材は、扉保持装置本体の前後および上下内側壁面に摺接する直方体形状であるとともに、内側面中央部にスプリングと嵌合する円形の凹孔を有する。

(二)  スプリング受部材と接する係合片基部に溝はなく、係合片と接するスプリング受部材外側面にも突起はない。

(三)  左右の扉に装着する係止片にローラがついている。

2 前記三3(二)の(1)ないし(3)と右1の(一)ないし(三)を対比すると、イ号物件と本件考案の実施例とは、スプリング受部材の全体の形状、係合片基部の溝とスプリング受部材外側面の突起の有無および係止片のローラの有無の各点において異なることが明らかである。

3  よつて、イ号物件は、本件考案の技術的範囲に属さないものと判断される。

五よつて、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属することを前提とする本訴各請求は、いずれもその余の点について判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官横畠典夫 裁判官紙浦健二、裁判官大泉一夫は、転補のため署名捺印することができない。 裁判長裁判官横畠典夫)

別紙(一)

イ号図面説明書

一 図面の説明

第1図は 斜視図

第2図は 取付状態の断面図

第3図は 第2図の右側の扉(5)の取手を引き、係止片(51)が係合部(31)を押圧している状態

第4図は 係合片および規制部材の斜視図

である。

イ号詳細図(第1図、第2図)は、主要部の詳細を示す。

二 図面の詳細な説明

左右の扉(4)、(5)に装着した係止片(41)、(51)にそれぞれ対応する一対の係合片(2)、(3)を、固定壁に装着した扉保持装置本体(1)の左右両側に出没自在に保持せしめ、該両係合片(2)、(3)はそれぞれ、基部(22)、(32)から外側方に向けて先窄まりの係合部(21)、(31)を突出せしめ、且つ基部(22)、(32)の内側面(24)、(34)が幅方向にわたつて円弧状の曲面をなす形状とし、この両係合片(2)、(3)間にこれらと別体に形成した一対のスプリング受部材(7)、(8)と該両スプリング受部材(7)、(8)間に介在させたスプリング(6)とを配設し、右のスプリング受部材(7)、(8)は、扉保持装置本体(1)の前後及び上下内側壁面に摺接する直方体形状とすると共に、内側面中央部にスプリング嵌合用凹孔(73)、(83)を有し、右の両係合片の基部(22)、(32)をそれぞれ各スプリング受部材に回動自在に当接させてなる観音開き式扉における扉保持装置。尚、(72)、(82)は扉保持装置本体(1)の前後内側壁面と平行な摺接壁である。

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